1. 合理性の裏側
投資の世界では、しばしば「生命保険は無駄である」と説かれます。 日本には高額療養費制度があり、窓口負担には天井がある。それならば、期待値の低い保険に金を払うより、その分をインデックス運用に回した方が合理的だ、という主張です。
確かに、統計的な期待値だけで見ればその通りかもしれません。しかし、実際に浸潤がんと告知され、直後に生保会社の担当と話した私には真逆の結果でした。
治療中にYoutubeのフィードに出てきた動画で投資家が「生命保険は無駄」と言い切った動画を見た時、それは同列に語るものなのか、と少々腹が立った記憶がずっと残っています。
2. 生命保険の一時金が持つ「流動性」の価値
がんの告知とともに、私には直ぐに一時金が支払われました。 この資金の最大の功績は、治療費の支払いを容易にしたことではありません。本当の価値は、「手持ちの貯金を一切切り崩さずに済んだこと」にあります。
更に生命保険とは別に仕事をしていた僕には健康保険の傷病手当も支給の権利があります。しかし僕はこのころ職場を休みがちで有給休暇もすべて消化して欠勤という扱いでした。という事は月収が減っている分支給される傷病手当も比例して金額が下がります。定期的に抗がん剤の点滴もあるので医療費もかかります。
もしその一時金がなければ、休職中に社会保険・健康保険の支払いもあるので、貯金を切り崩さなければならなかったかもしれません。一時金という即効性のあるキャッシュが、将来の金銭の不安を取り除くクッションとなりました。
結局がん治療と療養には一年を費やしました。
3. 逆ザヤという「投資」の成立
私が加入していた保険は、がんの確定診断によって以後の保険料払込が免除される特約が付いていました。 結果として、これまで支払ってきた保険料と、受け取った一時金はほぼ同額。さらに、今後は一円の持ち出しもなく、死亡時には700万円の保障が残り、重篤な状態になれば追加の給付も受けられます。
これは、保険会社というカウンターパーティに対し、私の「健康リスク」を予測可能なコストで買い取らせた結果です。運用効率の面で見れば、これほどリスクを抑えてリターンを確定させた「投資」は他にありません。
4. ギャンブルではなく、確実な資産移転
「死んだら自分では使えない」という意見も、一理あります。しかし、遺されるパートナーの視点に立てば、生命保険は極めて優秀な金融商品です。
証券口座や銀行預金は、名義人が亡くなれば遺産分割が整うまで凍結されますが、保険金は受取人が速やかに現金化できます。さらに相続税の非課税枠という法的メリットも存在します。
5. 結論:保険は「テールリスク」の固定化である
保険とは、めったに起きないが起きたら致命的なダメージを受ける「テールリスク」を、月々の定額コストで消し去るためのツールです。 資産があるから不要なのではなく、資産を守り、かつ確実な形で次世代に引き継ぐために、保険は機能します。
私にとっての保険は、ギャンブルではありませんでした。 不測の事態においても、自らの生活設計とパートナーの平穏を揺るがせないための、極めて論理的で静かな「リスク管理」です。


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